それ知ってて口に入れてる?

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大学生が学びながら食と産業を結ぶ情報発信。身近なものからそうじゃないものまで、、、を書く予定の雑記

DV?誘拐で結婚?キルギスの大自然で感じた女性の強さ

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結婚。

 

結婚というとどんなイメージを思い浮かべるだろうか

 

 

 

幸せな家庭?

子どもの成長?

亭主関白?

はたまた家事も手伝わないウザイ旦那?

 

 

 

 

 

 

 

結婚という人生の一大イベントは一概には言い表せない

明るい印象もあるし、暗い印象もある

 

 

こればっかしは飛び込んでみないとわからない

一生一緒に居ると決めるのだからある種究極の人間関係である

 

人間関係なのだから順風満帆とはいかない

山あり谷あり。山の高さや大きさ、谷の深さや長さ、これは人によると思う

 

 

 

しかし、結婚式やプロポーズといった言葉ではどうであろう

 

 

 

 

大概の人が幸せな瞬間を思い浮かべるのではないか

少なからず日本という国にはそのような風潮があるかと思う

 

 

 

世界でみれば、「同性だから」という理由で結婚できなかったり

「親が結婚しろというから」という理由で結婚させられたり

 

 

この結婚という契約には複雑な要素が絡み合う

 

 

 

 

 

本題に入ろう

 

 

みんなは「誘拐婚」という言葉を聞いたことはあるだろうか

 

 

実に忌々しい雰囲気と耳障りの悪いこの言葉

意味は字の如く「誘拐して結婚」することである

 

 

 

釈然としないがハッキリと不快だというのは感じた

 

 

 

 

 

 

実はこの誘拐婚、一部の国で行われており、その最も有名な国がキルギス

ぜひともYoutubeで「誘拐婚」と調べ動画を見て頂きたい

キルギスでは誘拐婚が苦しかったり、結婚後のひどいDVで悩まされて自殺してしまう人もいる

 

 

 

こんなことが本当に同じ人間のすることなのか目を疑う

 

 

 

しかし、この国では警官も見て見ぬフリ

理由は簡単、伝統だから

 

 

 

日本人が初詣に行くのと同じように

アメリカ人がクリスマスを祝うのと同じように

 

 

 

 

この国では嫌がる女性が誘拐され結婚する

 

それが当たり前なのだ

たとえ相手が嫌がっていても

 

 

 

キルギスに行く前、誘拐婚という野蛮な行為(あえて野蛮と言わせてもらう)

が本当に行われているなんて到底想像もできなかった、

そんな思いでキルギスへ行ってみた

 

 

 

 

キルギスの首都はビシュケク

夜遅くとも街には女性は歩いている、一人であろうとも

子供は集団で遊んでいる、若者は夜遅くまでやんちゃだ

 

 

 

 

他の国と変わらない姿の人々がいた

男性はたくましく勤勉、女性は美しくおとなしい

 

 

 

 

率直に思ったことはこうだ

「なんだ、誘拐婚って今はもうないのか、それか本当に地方だけでまだあるのか」

 

 

 

 

変わらぬ姿に胸をなでおろし安堵した

 

 

 

 

 

それから2日後

私は本当に偶然にもキルギスに8年間住んでいるという日本人女性のガイドさんと話す機会があった

 

 

たわいもない会話から、キルギス語やロシア語についていろいろと聞き

どんな質問にも屈託のない笑顔で答えてくださる姿が魅力的だった

 

 

 

その時、ふと思った

「誘拐婚って地方でまだあるのかな?」

 

 

恥を忍んで聞いてみた

 

 

 

 

 

 

 

 

ビシュケクでもまだあります。私の友達も3年前に誘拐されて結婚しました。」

「街で見かけた可愛い子を次の日に誘拐して結婚ということもいまだあります。」

 

 

 

 

 

衝撃だった。

 

 

日本と変わらず笑顔で暮らしているキルギスの女性はそんな恐怖の上で生活しているのだろうか

 

 

はたまた日常であり、恐怖とは感じないのだろうか

自分に起きた時は受け入れる覚悟がもう決まっているのだろうか

 

 

様々なことを考えた

 

 

 

 

どうやら3年前ぐらいに法律が制定され件数は減ったらしいが、

それでも尚、警察は見てて見ぬフリ

 

 

 

 

 

他の国の伝統や文化を否定するのはとても野暮であるし

そこには自国で培われた価値観が介在してしまう

 

 

 

しかし、語弊を恐れずに自分の意見を言うと

 

 

「これ(誘拐婚)は間違ってる。野蛮だ。」

 

 

 

文化や伝統に善し悪しの尺度はない、よって正解もない

しかし、僕はどうしてもその前に女性の尊厳や人権の尊重といったその一歩手前の段階で否定されるべき行為であるように感じてしまう

 

 

なにより感情的に肯定はできないのだ

 

 

 

 

そして強く感じたことがある

 

そんな伝統の中でも笑顔で暮らせる、恐怖を匂わせない

 

 

 

 

 

この国の女性は強く。美しい。

 

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